東山ドライブコース(名古屋市千種区)の思い出

東山マルホランド

その昔、名古屋市千種区の東山公園から星ヶ丘に至る東山公園の山間部を走る東山ドライブコースがあった。東山公園自体は小学校の遠足をはじめ何度も行っていたのだが、東山ドライブコース自体に最初に訪れたのは当時クルマ基地外だった父親に「ポルシェとか走りに来る」とか言われて連れて行ってもらったのが、ちょうどスーパーカーブームの前後であった。その時点でガードレールはボコボコ、売店はすでに潰れギャラリーコーナーを形成していた。夜景は綺麗であったのでちょっとしたでドライブデートコースでもあった。

まあ当時の走り屋のクルマといえばB110サニーとか27レビンの時代ですが、それらの国産車に混じってポルシェやアルファロメオの外車も走りに来ていた。実際走っているランチア・ストラトスの姿を見たのもこの時である。一方通行であるので車線は1車線しかなく森の中を走るため見通しは悪い道であった。

原付免許を取って走りに行く

通学用に原付免許を取得し実際走りに行ってみた。CB50、MB-5、RD50が原付最速の頃だ。もちろんそんなカッコイイ原付ではなく古いビジネスバイクのYB50である。当時は暴走族全盛期で暴走族以外のバイク乗りが一括りに正統派とされていた時代である、正統派のアニキたちはGS400とかZ400FXで颯爽と1コーナー2コーナーと自分を追い抜いていく。いつかは400に乗りたいものだと憧れたものである。

そのころMr.Bike誌でカリフォルニア州の走り屋スポット”マルホランド”が紹介されたうえ、デニス・ホッパーが出演する『マルホランドラン』とかいう映画も公開され、名古屋のマルホランドと呼ぶ奴らも出てきた。東山マルホランドの誕生である。

RZ350で走ってみた

2年ほど小排気量生活を過ごしたあと念願の400を購入、400とはならず当時不人気車のRZ350である。このバイクは池沢さとし『街道レーサーGo』で主人公の乗るバイクになったのだが、やはり車検がネックでRZ250のセールスから大きく引き離された故、中古車価格は暴落していた。

講義の合間とかちょっとした空き時間に走りに行ったりしたが、なにせ森の中の1車線、三河の山の中の3桁県道を走っているのと変わらないことに嫌になりいつしか足は遠のき矢作ダム方面ばかり行くようになった。

知らぬ間に閉鎖されていた

大学卒業後5年ぐらい地方を転々とし、1年後東山ドライブコース近くの西山団地に入居した。ところが東山スカイタワーの建設に伴い東山ドライブコースはすでに消滅していた。聞いた話ではその前にガードレールを増設したにもかかわらず事故多発のため閉鎖され、その後公園整備となったようだ、同時にユースホステル前の窪地にあったバラック群の人たちも追い出され駐車場となってしまった。TZR250、NSR250といったレーレプ全盛期の出来事だ、このころになるとこの峠全盛の流れに全くついていけず、その後のバイクとの付き合い方が確定した感がある。

国土地理院による1977年の航空写真、森の中を縫う東山ドライブコースがはっきりと映っている

懐かしのウェア

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。